「ちゃんとしなきゃ」のプレッシャー：身だしなみと清潔保持の困難
見えない重荷：身だしなみと清潔保持の壁
社会生活を送る上で、「身だしなみを整えること」や「清潔を保つこと」は、ごく当たり前のこととして求められます。しかし、その「当たり前」が、ある人々にとっては非常に大きな壁となることがあります。これは、単なる怠慢やだらしなさとは異なり、内面的な状態や、感覚、認知機能などの特性に起因する困難です。外からは見えにくいため、誤解や偏見を生みやすいこの困難について、当事者の声に耳を傾けてみました。
今回お話を伺ったのは、アキさん（仮名）です。アキさんは、長年、身だしなみや清潔を保つことに困難を感じてこられたとのことです。
「若い頃から、着替えたり、お風呂に入ったり、歯を磨いたりといった日常のことが、他の人よりずっと大変だと感じていました。疲れていると特に、体が鉛のように重くなって、立ち上がることすら億劫になるんです。でも、周りからは『なんでそんなこともできないの？』という目で見られているように感じて、自分を責めてばかりいました」
アキさんの言葉からは、内面的なエネルギーの枯渇や、身体感覚の捉えにくさが、基本的な身だしなみを整える行動に大きな影響を与えている様子が伺えます。
日々の具体的な困難
身だしなみや清潔保持の困難は、具体的な生活の場面で様々な形で現れます。
「服を選ぶのも一苦労なんです。肌触りが気になったり、縫い目が当たったりすると、それだけで一日中落ち着かなくなってしまいます。洗濯も溜めてしまいがちで、着るものがなくなって困ることもよくあります。お風呂も、入るまでの準備や、入った後の片付けを考えると、億劫になってしまって。夏場などは、匂いが気にならないか、周囲に不快感を与えていないか、いつも不安でした」
これらの困難は、単に「面倒くさい」というレベルを超えたものです。感覚過敏や感覚鈍麻、実行機能の障害（計画を立てて順序立てて行動することの難しさ）、あるいは心身の不調などが複雑に絡み合って生じていることが多いのです。
「ちゃんとしなきゃ」というプレッシャー
アキさんは、「ちゃんとしなきゃ」という社会からの無言のプレッシャーに常に苦しんできたと言います。
「誰かに会うときや、職場に行くときなどは特に、『ちゃんとした格好をしなければ』『清潔にしていなければ』という思いが強くあります。それがまたプレッシャーになって、余計に動けなくなることもあります。もし、身だしなみが整っていないことで何か言われたり、避けられたりしたらどうしよう、と考えると、外に出るのが怖くなることもありました」
こうした内面的なプレッシャーは、自己肯定感を大きく低下させます。自分は価値のない人間なのではないか、社会から受け入れられないのではないか、という否定的な感情に繋がりやすいのです。
社会との間に生まれる溝
身だしなみや清潔保持の困難は、人間関係や社会参加にも影響を及ぼします。
「友人に会う約束をしていても、どうしても身だしなみを整える気力が湧かず、ドタキャンしてしまったことがあります。もちろん、友人には心配をかけたり、がっかりさせたりしてしまったと思いますが、どうしてもその時の自分には無理でした。そういったことが続くと、だんだん誘われなくなってしまうのではないか、と不安になります。自分から声をかけるのも躊躇してしまいます」
こうした経験は、当事者を孤立へと追いやる一因となります。周囲の理解がない場合、ただ単にだらしない人、自己管理ができない人、というレッテルを貼られてしまうことも少なくありません。
理解と、無理のない「ちょうどいい」を探して
アキさんは、少しずつですが、自分に合った方法を探しながら、この困難と向き合っていると言います。
「完璧を目指すのではなく、自分にとって無理のない範囲でできることを探すようにしています。例えば、毎日お風呂に入るのが難しければ、体を拭くだけでも良い、とか。着替えも、まずは服を手に取ってみることから始める、とか。小さなステップでも、できた自分を褒めるように心がけています。あとは、信頼できる家族や友人に、自分の困難について少しずつ話してみることで、気持ちが楽になることもありました」
この困難を抱える人々にとって大切なのは、周囲からの理解と、自分自身を責めすぎないことです。外見だけを見て判断せず、その背景にある見えない困難に想像を巡らせること。そして、当事者自身が、社会的な「普通」にとらわれすぎず、自分にとっての「ちょうどいい」や、困難を軽減するための工夫を見つけていくことです。
アキさんは最後に、同じような困難を抱える方々へメッセージをくださいました。
「一人で抱え込まずに、もし話せる人がいれば、少しでもいいので話してみてください。あなたは一人ではありません。そして、自分を責めないでください。あなたの困難は、あなたのせいではありません。小さな一歩でも、自分を大切にすることを忘れないでください」
身だしなみや清潔保持の困難は、多くの人が直面しながらも、なかなか声に出しにくいテーマかもしれません。しかし、その背後には、深い苦悩や葛藤が存在します。この声が、同じ困難を抱える方々の孤独を少しでも和らげ、周囲の人々の理解へと繋がることを願っています。