静かなる叫び

約束を忘れてしまう日々:記憶の困難が引き起こす孤立と戸惑い

Tags: 記憶の困難, 約束を忘れる, 人間関係, 孤立, 当事者の声

静かなる叫び、今回のインタビューでは、記憶に困難を抱えていらっしゃるAさんにお話を伺いました。私たちが普段当たり前に「覚えている」ことが、Aさんにとっては時に大きな壁となり、日々の生活や人間関係に影響を与えているといいます。特に「約束を忘れてしまう」という具体的な困難が、どのようにAさんの世界を形作っているのか、その声に耳を傾けました。

記憶の靄がかかる日常

「正直なところ、いつからなのかはっきりとは覚えていないんです」とAさんは語り始めました。「でも、小さい頃から何かを覚えたり、言われたことを順番通りに行うのが苦手でした。それが、大人になってから、特に人との約束や大切な予定を忘れてしまうことが増えてきて、困ることが多くなったんです。」

Aさんにとって、記憶は常に頼りにならない存在だと感じているそうです。朝に聞いた話でも、午後には内容が曖昧になっていたり、数日前の出来事がまるで遠い過去のことのように感じられたりするといいます。中でも、最も困難を感じるのは、人との「約束」に関する記憶です。

「例えば、友人と『来週の土曜日に会おうね』と話していたとします。その時はちゃんと覚えているつもりなんです。でも、数日経つと、約束をしたこと自体を忘れてしまっていることがよくあります。もちろん、メモを取るようにはしているのですが、そのメモを見返すこと自体を忘れてしまったり、メモを取ったことすら忘れてしまったりすることもあって…。」

「ごめんね」が積み重なる関係性

約束を忘れてしまうことは、Aさんの人間関係に影を落としています。待ち合わせの時間を間違えたり、約束そのものを忘れてしまったりして、相手に迷惑をかけてしまうことが少なくないといいます。

「最初は『うっかり』で済むこともありました。でも、それが何度も続くと、相手は『自分との約束はどうでもいいんだな』と感じてしまうようです。悪気は全くないんです。本当に忘れてしまう。でも、その『本当に忘れてしまう』ということが、健常な方にはなかなか理解してもらえない。怠けていると思われたり、信頼されていないと思われたり…。そのたびに『ごめんね』と謝るのですが、心の中では『どうして私はこんなこともできないんだろう』と自己嫌悪に陥ってしまいます。」

特に辛いのは、友人からの誘いが減ってきていることです。「どうせまた忘れるだろう」「面倒だろう」と思われているのではないか、と感じることがあるそうです。「『気にしないで』と言ってくれる人もいますが、何度も同じ失敗を繰り返すうちに、自分から誰かを誘うのが怖くなってしまいました。もしまた忘れてしまって、相手を傷つけてしまったらと思うと、踏み出せないんです。そうしているうちに、だんだん連絡を取る人も減ってきて、気づけば一人で過ごす時間が増えました。これが、私の感じる『孤立』なのかなと思います。」

見えない困難と周囲への願い

記憶の困難は、外見からは全く分かりません。そのため、周囲からは「だらしない人」「やる気がない人」と誤解されやすいといいます。この「見えない困難」ゆえの理解されにくさが、Aさんをさらに深く傷つけている側面もあります。

「努力していないわけではないんです。むしろ、人一倍努力しているつもりです。忘れないように、失敗しないように、色々な工夫をしています。でも、それでも忘れてしまうことがある。それは、努力や気持ちの問題ではなく、脳の機能の問題なのだと、最近は少しずつ受け入れられるようになってきました。」

Aさんは、同じように記憶に困難を抱える人や、その周囲の人たちに伝えたいことがあるといいます。

「私と同じように記憶で苦労されている方へ。一人で抱え込まずに、信頼できる人に話してみてください。そして、もし可能なら、専門家のサポートを受けることも考えてみてください。すぐに解決しなくても、自分の状態を知るだけでも、少し心が軽くなることがあります。」

「そして、私たちの周囲にいる方々へ。私たちが何かを忘れてしまっても、それはあなたを軽んじているわけではありません。悪気があるわけでもありません。私たちの脳の特性によるものなのです。もしよろしければ、少しだけ、私たちの困難について知ろうとしていただけたら嬉しいです。そして、具体的にどうすれば忘れないかを一緒に考えてくださったり、繰り返し伝えてくださったりすると、とても助かります。少しの配慮や理解が、私たちにとっては大きな救いになります。」

記憶と共に、今を生きる

記憶の困難は、Aさんの人生から切り離すことのできない一部です。約束を忘れてしまうことによる困難や孤立感は今も存在します。しかし、Aさんは前を向いています。

「完全に忘れないようになるのは難しいかもしれません。でも、工夫次第で失敗を減らすことはできますし、何より、自分の困難を理解し、受け入れてくれる人もいるということを知りました。今は、完璧を目指すのではなく、『忘れてしまう自分』も含めて、どうすれば穏やかに、そして人との繋がりを大切にしながら生きていけるかを模索しているところです。」

過去の出来事や未来の約束が曖昧になる日があるとしても、Aさんは「今、ここにある時間」を大切に生きていきたいと語ります。記憶の困難という見えない壁の向こう側で、Aさんの「今を大切にしたい」という静かな願いが響いていました。