感情の大きな波とどう生きるか:心の揺らぎを言葉にする
心の海に揺れる静かな声
私たちの心の奥底には、他者には見えにくい、様々な揺らぎや波が存在しています。ある人は穏やかなさざ波を感じながら日々を過ごし、またある人は予測不能な大きな波に翻弄されながら生きています。今回は、長年、自身の感情の大きな波と向き合いながら生きているAさんに、その日常や内面についてお話しを伺いました。静かな語り口の中に秘められた、深い経験と思いが私たちに届けられます。
日々の暮らしに現れる波
感情の大きな波は、Aさんの日常生活に具体的な影響を与えているといいます。
「波が大きい時は、本当に些細なことでも心が深く沈んでしまいます。朝起きてカーテンを開けることすら、途方もない労力が必要に感じられる日もあります。逆に、波が高揚している時は、何でもできるような万能感に満たされるのですが、その後に必ずと言っていいほど大きな反動が来てしまうので、その高揚感もまた別の怖さがあります」
この波は、周囲との関係性にも影を落とすことがあるようです。
「気分の落ち込みが激しい時は、どうしても連絡を返すのが遅くなったり、約束をキャンセルしてしまったりすることが増えます。相手に申し訳ないという気持ちでいっぱいなのですが、体が、心が動かない。理解してもらえない時は、自分がわがままなだけなのではないか、と自分自身を責めてしまうこともあります」
高揚している時も同様の難しさがあるといいます。
「つい考えなしに行動してしまったり、後から冷静になると『なぜあんなことを言ってしまったのだろう』と後悔するような言動をしてしまったりすることがあります。自分では普通だと思っていても、周囲からは唐突に見えたり、ついていけなかったりするのかもしれません。波の大きさが、人との間に見えない壁を作ってしまうように感じるのです」
内なる孤独と向き合う
このような感情の大きな波と共に生きることは、Aさんに独特の孤独感をもたらすことがあるそうです。
「自分の内側で起きている嵐のような感情を、言葉にして伝えることの難しさを常に感じています。外からは元気そうに見えたり、逆にただふさぎ込んでいるように見えたりするだけかもしれません。この内面の激しさを誰にも理解してもらえない、一人で抱え込んでいるという感覚が、一番辛いかもしれません」
理解を求めることへの諦めや、誤解されることへの恐れから、自身の状態について話すことをためらってしまうことも少なくないといいます。
「『気持ちの持ちようだ』とか、『もっとポジティブに考えたらどうだ』といった言葉を善意でかけていただくこともあるのですが、それが逆に『自分の努力不足だ』と感じさせてしまうこともあります。波の大きさや性質が、単なる気分の問題ではないことを理解していただくのは、なかなか難しいのだと感じています」
自分なりの羅針盤を探して
感情の波に翻弄されながらも、Aさんは自分なりの方法でその波と向き合い続けています。
「完全に波をなくすことは難しいのかもしれない、と思うようになりました。だから今は、『どうしたらこの波の中で溺れずにいられるか』ということを模索しています」
具体的な工夫として、いくつかの点を挙げてくれました。
「信頼できる医療機関と繋がりを持ち、必要に応じて専門家のサポートを得ることは、私にとって非常に重要です。また、日々の感情の動きを記録することで、波のパターンやトリガーを把握し、大きな波が来る前に少しでも準備ができるように心がけています。あとは、波が穏やかな時に、自分が本当に心地よいと感じる時間を大切にすること。好きな音楽を聴いたり、自然の中で過ごしたり、そうしたささやかな瞬間が、荒波を乗り越えるための力になっているように思います」
また、同じような経験を持つ人の話に触れることも、Aさんにとって大きな支えとなっているといいます。
「自分だけではないのだ、ということを知るだけで、孤独感が和らぎます。他の人がどのようにこの困難と向き合っているのか、その具体的な工夫や思いを知ることは、自分自身の羅針盤を見つけるためのヒントになります」
静かなる願い、そして希望
最後に、Aさんは社会に対して、そして同じように感情の大きな波と向き合う人々への思いを語ってくれました。
「外から見えない心のあり様について、もう少し想像力を働かせてもらえる社会になったら、と感じています。元気そうに見えても、心の中では葛藤している人がいるかもしれない。気分が落ち込んでいるように見えても、それは怠けているわけではないかもしれない。安易な励ましや決めつけではなく、ただ、『そういう状態なのかもしれないな』と静かに受け止めてもらえるだけで、当事者は少し救われることがあります」
そして、自身のように心の揺らぎと共に生きる人々へ、静かなメッセージを送ります。
「この感情の波は、時に私たちを深く傷つけ、疲れさせます。でも、あなたがその波の中で感じていること、見ている景色は、あなただけのものであり、それに価値がないわけではありません。一人で抱え込まず、どこかにあなたの声を聞いてくれる場所があることを忘れないでください。そして、もしあなたが今、波の底にいるとしても、波は必ずまた形を変えるということを、心の片隅に置いておいていただけたら嬉しいです」
感情の大きな波とどう生きるか。その問いに対する答えは一つではありません。Aさんの語りは、その問いと静かに向き合い、自分なりの航路を見つけようとする一人の人間の尊厳と、見えない困難を抱えながらも繋がりを求める静かなる願いを、私たちに教えてくれるようでした。