食べることが苦痛になる日々に：偏食・感覚過敏が生む孤立と戸惑い
社会の片隅にあるマイノリティ当事者の声に耳を傾ける「静かなる叫び」。今回は、日々の食事に困難を抱えるAさんにお話を伺いました。「好き嫌い」という言葉で片付けられがちな食のこだわりですが、Aさんにとってそれは感覚的な特性に起因する、生活に深く根ざした苦労でした。
「当たり前」が、当たり前ではなかった子供時代
Aさんが自身の「食」に対する困難を自覚し始めたのは、小学校に入ってからのことだったと言います。
「給食の時間が、とにかく苦痛でした。みんなと同じものを、同じように食べられない。特定の匂いや食感、温度のものがどうしても口に入れられなくて。無理に飲み込もうとすると、吐き気をもよおしてしまうんです」
子供の頃は、それを単なる「好き嫌い」だと説明されることがほとんどでした。親や先生からは「栄養のために食べなさい」「わがままを言わないの」と叱られることも少なくなかったと言います。
「努力すれば食べられるようになる、根性の問題だ、という雰囲気でした。でも、自分ではどうしようもない感覚で。頑張って口に運んでも、脳が強烈に『これは危険だ』と信号を送るような感覚なんです。だから、給食の時間はいつも憂鬱で、食べられない自分に罪悪感を感じていました」
特定の食感、例えば柔らかすぎるものやネバネバしたもの、あるいは逆に硬すぎるもの、特定の温度のものなどが特に苦手だったそうです。また、複数の食材が混ざり合った料理、例えば混ぜご飯やシチューなども、それぞれの食材の食感が混じり合うことで不快感が増幅され、食べられなくなることが多かったと言います。
日々の食事と、社会生活での具体的な困難
大人になっても、この困難はAさんの生活に影を落とし続けています。特に外食や人との会食は、Aさんにとって大きな壁となります。
「友人とランチに行くとき、職場の飲み会、親戚の集まり。どこに行っても、食べられるものが限られてしまうんです。メニューを見ても、苦手な食材が入っていたり、調理法が合わなかったり。事前に確認したり、苦手なものを除いてもらったりすることもありますが、いつも申し訳ない気持ちになります」
また、周囲に説明することの難しさも感じていると話します。「ただの偏食でしょ」「贅沢だね」といった反応に傷つくことも少なくないそうです。
「アレルギーなら理解してもらいやすいと思うのですが、『感覚的に無理なんです』と説明しても、なかなか分かってもらえません。『ちゃんと噛めば大丈夫だよ』とか『美味しいのに勿体ない』とか言われると、自分の感覚がおかしいのか、努力が足りないのかと、自己否定につながってしまいます。次第に、食事を伴う誘いを断ることが増え、人との関わりを避けるようになっていきました」
食べられるものが限られることで、栄養の偏りも気になる点です。バランスの取れた食事をしようと思っても、苦手な食材が多いため、どうしても似たようなメニューになってしまう傾向があると言います。
困難との向き合い方、そして未来への願い
自身の特性を理解し、受け入れるまでには時間がかかったとAさんは振り返ります。インターネットで情報を集めたり、専門家のアドバイスを求めたりする中で、これが単なる「好き嫌い」ではなく、感覚の特性によるものであることを知ったと言います。
「自分の感覚を責めるのをやめました。これは自分ではコントロールできない特性なんだ、と。そう思えるようになってから、少し楽になりました」
現在、Aさんは食べられる食材や調理法をリストアップし、食事の準備に工夫を凝らしています。外食の際には、事前に食べられるメニューがあるか調べたり、個別に頼めるかを問い合わせたりすることもあるそうです。また、理解してくれる友人や家族との関係を大切にしていると言います。無理強いせず、Aさんのペースに合わせてくれる人たちの存在が、心の支えになっているとのことです。
「社会にもっと、色々な『食』のあり方があることを知ってもらえたら嬉しいです。『普通』に食べられることだけが全てではない、ということを。感覚の違いによって食事が困難な人がいること、それはワガママではないことを理解してもらえるようになったら、私たちの孤立感も少しは和らぐのではないかと思います」
最後に、同じような食の困難を抱える方々へ、Aさんはこうメッセージを送りました。
「一人ではない、ということを伝えたいです。周りに理解されなくても、あなたの感覚は決して間違いではありません。自分を責めすぎず、無理のない範囲で、自分が心穏やかに過ごせる方法を見つけていってほしいです。そして、もし可能であれば、あなたの感覚を理解してくれる人、場所を見つけてください。そういう存在は、きっとあなたの力になります」
日々の食卓は、多くの人にとって当たり前の営みです。しかし、そこにも見えない困難を抱え、静かに苦しんでいる人がいます。Aさんの声は、私たちが他者の「当たり前」について、そして多様な感覚を持つ人々について、改めて考えを巡らせるきっかけとなるでしょう。