思ったことが言葉になるまでの壁:伝わる言葉と伝わらない言葉
ウェブサイト「静かなる叫び」は、社会の片隅にあるマイノリティ当事者の声に耳を傾けるインタビューメディアです。今回は、内にある思いが言葉として正確に伝わらない、あるいは意図しない形で伝わってしまう困難を抱える方の声をお届けします。日々のコミュニケーションの中で生じる葛藤や、そこから見えてくる社会との関わり方について、丁寧にお話を伺いました。
言葉にする難しさ、そして誤解
今回の取材にご協力くださったAさんは、ご自身の言葉遣いにまつわる困難について語ってくださいました。
「頭の中では、伝えたいことや、こう言われたら相手はどう感じるだろうという予測が、ある程度できているつもりなんです。でも、いざ口から言葉として出すとき、あるいは文章にするときに、その思いや予測がすり抜けてしまう感覚があります」
Aさんの言葉は穏やかですが、その中に長年抱えてこられた複雑な思いが滲みます。特に困るのは、相手を傷つけるつもりは全くないのに、結果として相手を不快にさせてしまったり、意図と全く異なる伝わり方をしてしまったりすることだといいます。
例えば、職場で効率化のための提案をした際に、「それは非効率的ですね、やめた方がいいですよ」と率直に伝えすぎ、相手を萎縮させてしまった経験。あるいは、友人の悩みに寄り添おうとしてかけた言葉が、励ましではなく突き放すように聞こえてしまい、関係が気まずくなったことなど、具体的なエピソードをいくつか挙げていただきました。
「自分としては、ただ事実や考えを正直に伝えたかっただけなのに、どうしてこんなに相手が困った顔をするんだろう、傷ついた表情をするんだろう、と最初は理解できませんでした。悪気は本当にないんです。でも、結果として相手を傷つけてしまっているなら、それはもう『悪気がない』では済まされないのではないか、と悩みました」
見えないコミュニケーションの壁
なぜ、内にある思いと言葉として出てくるものにズレが生じるのでしょうか。Aさんは、いくつかの要因を推測しています。一つは、思考がまとまる前に言葉が先行してしまうこと。もう一つは、相手の表情や声のトーン、場の雰囲気といった非言語的な情報や、言葉の裏にあるニュアンスを瞬時に読み取ることが苦手なため、適切な言葉を選ぶタイミングや加減が分からないことです。
「会話の中で、相手がどう感じているのか、今どんな話題を選ぶべきなのか、といった『空気』のようなものが、私には少し掴みにくいのかもしれません。だから、自分の言いたいことだけをストレートに伝えてしまいがちで、結果的に場の雰囲気を壊してしまったり、相手に配慮が足りないと思われてしまったりするようです」
こうした経験が積み重なるにつれて、Aさんは人とのコミュニケーションに強い苦手意識を持つようになりました。話すことが怖くなり、必要最低限のことしか話せなくなったり、会話そのものを避けるようになったりした時期もあったといいます。
「孤立感は常にありました。自分が言葉を発するたびに誰かを不快にさせているのではないか、また何か失敗してしまうのではないか、という不安がつきまといます。それは、人との間に見えない壁があるように感じさせるものでした」
困難との向き合い方
この困難に対して、Aさんは様々な方法で向き合ってきました。一つは、話す前に一度頭の中で言葉を整理する練習をすること。しかし、これはスムーズな会話の流れを妨げることもあり、難しいと感じることもあるそうです。もう一つは、信頼できる友人や家族に、自分の言葉がどのように聞こえるか正直にフィードバックしてもらうこと。そして、何よりも大切にしているのは、「うまく言葉にできなかったときは、後からでも丁寧に説明する努力をする」ことだといいます。
「あの時、本当はこういう意図で言ったんです、と改めて伝えたり、不快な思いをさせてしまってごめんなさいと正直に謝ったりすることを心がけています。もちろん、全てがうまくいくわけではありません。でも、誠実であろうとする姿勢は、少しずつですが、周囲の理解につながることもあると感じています」
また、Aさんは、同じような言葉の困難を抱える方々がいることを知ったとき、大きな安堵を感じたそうです。
「自分だけがおかしいのではないか、とずっと自分を責めていました。でも、私と同じように、意図とは違う言葉が出てしまったり、コミュニケーションでつまずいたりする方がいると知って、孤独ではないんだと思えました。完璧に問題を解決することは難しくても、工夫しながら、そして時には周囲の助けも借りながら、なんとかやっていけるのかもしれない、と希望を持つことができました」
未来へ向けて
言葉遣いの困難は、Aさんの日常から完全に消え去るわけではありません。しかし、過去の経験を乗り越え、少しずつでも前に進もうとするAさんの姿は、静かな強さを感じさせます。
「完璧なコミュニケーションができるようになるかは分かりません。でも、少なくとも、自分の内にある思いを、歪められずに伝えたいという気持ちは強く持っています。そのためには、自分自身の言葉の特性を理解し、相手に伝える工夫を続けることが大切だと感じています」
そして、社会に向けては、こう願います。
「言葉遣い一つで、その人の全てを判断しないでほしい、と願っています。言葉の裏にある意図や、言葉を選ぶことの難しさに、少しだけ想像力を働かせていただけたら、それだけでコミュニケーションはもっと温かいものになるのではないかと思います」
Aさんの静かながらも力強い言葉は、言葉の壁に直面する多くの方々にとって、共感と共にある一歩を踏み出す勇気となるのではないでしょうか。私たちはこれからも、こうした多様な「声」に耳を傾けていきたいと思います。